コルザのブログをご覧いただきありがとうございます。
前回は私が農業の道を選んだ背景についてお届けしました。

今回は私が実際に農業に携わる中で感じた個人的に良かったことについてお話ししたいと思います。
グラウンディング―自分を現実に繋ぎ止める時間
農業に従事する中で、私が何よりも良かったと感じていることの一つは、自然に触れる行為がもたらす「グラウンディング(Grounding)」の感覚です。グラウンディングとは、直訳すると「地に足をつける」と言った意味になり、心理療法の分野では自分の意識を今この瞬間に安定させることを意味するそうです。
私にとってこの感覚が必要だったのには理由があります。それは、高校生の時に最愛の母を亡くして以降、私の中からどこか「現実感」というものが薄れてしまったからです。
母を失ったあの日から、自分が異世界に飛ばされたような、何かを経験しても夢のような感覚が続いていますが、農作業はそんな私を、静かに現実へと引き戻してくれます。
農作業は、多くの言葉を必要としません。黙々と身体を動かし、自然のサイクルに身を委ねる。五感で自然を感じながらいのちと向き合うその時間は、喪失感の中で彷徨っている私の心を、しっかりと現実に繋ぎ止め、穏やかに安定させてくれると感じています。
私なりの社会貢献
私がこの農業という道を歩む原動力になっているのは、「社会に対して、自分なりにどう貢献していきたいか」という想いです。
世の中には、毎日の生活を華やかに、そして彩り豊かにしてくれる素敵なお仕事がたくさんあります。それらは「付加価値」として、誰かの人生を豊かにしてくれるものです。ただ、そうした分野は、はっきりとした「正解」が見えにくい世界でもあります。人それぞれの好みや流行によって価値が変わる「答えのない問い」に向き合い続けることは、私にとって、時に大きな悩みになっていました。
私がより達成感を得られるのは、老若男女を問わず、誰もが「それなしでは生きていけない」と言える、そんな明確な答えがある仕事に携わることです。
農業が担う「食」は、人間が生物として生きていくための「衣食住」の根幹であり大切なベースです。どれほど社会や時代が変わっても、人が食べていかなければならないという事実は決して変わりません。私が生産に携わった農作物が、たくさんの方々をその土台から支えている。この飾りのない部分を支えることこそが、今の私にとって最も腑に落ちる、そして心から納得できる貢献の形なのだと感じています。
何があっても生きていく強さ
農業はもともとずっと興味があって始めたことでしたが、実際に日々土に触れ、作物を育てる過程の中で、あることに気がつきました。それは、農業を通じて「生きていくためのスキル」が自然と身についていく、ということです。
情報が溢れかえる複雑な世の中から少し距離を置き、ただ目の前のいのちと向き合うこと。これは決して社会からの逃避ではなく、自分らしく現実を生き抜くための前向きな選択です。
農業をやっていると、一種の「サバイバル能力」のようなものが身につく気がします。たとえば、もし戦争や恐慌が身近に起きたとしても、「自分の手で食べ物を作って、自分自身の力で生き延びる」というものです。
目まぐるしく変化し続ける世界や、感情に左右されるのではなく、大地に深く根を張って、何があっても自分の力で生きていける。農業は、そんな本当の意味での安心感と強さを、私に教えてくれています。
最後に
もちろん、自然を相手にすることは、時に厳しく良いことばかりではありません。
しかし、私はようやく自分が心から納得できる場所に立てています。
自分を現実に繋ぎ止めてくれるグラウンディングを大切にしながら、自分の手で作ったものが誰かのいのちを支えている、という静かな社会の一員として、私はこれからも一歩ずつ、自分自身の人生を歩んでいきたいと思います。
